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登山やアウトドア系の紀行文を主に。

【サイクリング】京都市から天野橋立〜コンビニチェーン・デジタル地図を使わずに〜

2月の終わり、京都市内から天橋立まで行って来た。

 

ふと自転車で日本海を見に行きたくなった。

仲間を3人集めていざ決行。→無事達成。

 

普通に行っても面白くないのでルールを3つ設定した。

 

1.電子地図を使わず事前の地図把握と標識をメインで使い、紙地図を用いて現在地を把握すること。

 

2.コンビニや自動販売機等のどこにでもあるチェーン店は使わずに地元に根付いた個人商店や道の駅を使うこと。またそこで購入するものもできるだけ現地のものにすること

 

3.持ってくるレーション(行動食)はカロリーメイト等のすぐに買えるものではなく、自らおにぎりを握ってきたり果物を持ってきたりすること。 また400kcalに制限し、行動食の貯蓄をしないこと。

 

なぜこのルールを設定したのかというと

サバイバル登山家である服部文祥氏(角旗唯介氏も)の影響を色濃く受けている。彼の登山スタイルは食料を現地調達して登山をしていくわけだ。それはより行動の過程に自らが関わるということ。このスタイルを自転車でもできないかと考えた。過程に関与するとは、行動の1つ1つを効率化せず手間暇かけてやろうということだ。そして、上記のルール(制約)を追加することで過程にもより深く関与でき充実度も上がるのではと思い立った。

情報があふれる中誰もが同じように同じ結果を得る確率が高くなったからこそ、そこに付加価値をつけることで差別化を図りオリジナルの価値を生み出せるのではないか、そう思った。

 
 結果

1.デジタル地図禁止

まずメンバーのルートの事前把握が見事であった。各々、道の駅や個人商店がどこにあるのか、主な分岐はどこかなどを紙や携帯のメモに書いて来ていた。携帯ではなくあえて紙にメモしてくる部員の姿勢は素晴らしい。出発前に「あそこに〜があるよね」など、口頭で確認し合う作業も楽しかった。皆自分が調べて来たことが間違っていないかという不安を打ち消しあっていた。道の駅では紙の地図を広げ現在地の把握と次に訪れる分岐の確認を行なった。
 

途中でチーム内での距離が離れ電話で連絡を取り合った(本当は使いたくなかったが)際にお互いの見えている風景を言い合うのだが記憶が曖昧で教えられる風景を通り過ぎたのかもまだ通り過ぎてないかもわからなかった。最終的には合流できたのだが。このことから普段走っている最中に分岐や標識、携帯の現在地を目印にしており途中のお店や看板を全く重要視していなかった(記憶していなかった)ことがわかった。終盤に現在地を見失うことがあったが、警察署に入りそこにあった現在地が示された地図を確認し天橋立まで行くことができた。

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紙地図を確認する

このルールにおいて良かった点は全員がルートについて詳しく知っていた点である。デジタル地図を使わず不確定な要素を増やし行き当たりばったりでバックパッカーのように気の向くまま風の吹くまま、冒険だといって行動するのとは違う。それだと遠征の質は客観的に見ると悪いものになってしまう。道の駅の場所など少し調べればわかることに、初めてのように驚いていては自分たちの中では価値や喜びが高くても客観的にはそれほどすごいことをしていないのである。調べた上で現地に行って、その上で思いもよらぬところから訪れるアクシデントにどう対処して乗り切るのかというのが冒険の面白いところなのである。

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メンバーの持って来たメモ

 

2.コンビニやチェーン店の使用禁止

このルールではどこにでも止まれない分、道の駅や個人商店を見つけた時のチームの喜びは大きく、またそれがモチベーションとなり走行スピードも良好であった。また公衆トイレの前で水を調達したり、アイスを買うと水が無料になるといって水を調達したり、提案止まりであったが魚屋さんに行って魚を冷やしている氷をもらって溶かして飲もうかなど考えたりとチェーン店が使えないなら使えないなりの工夫が見られ大変良かった。
 

問題点としては些細なことだが、道の駅に水が売っていないことがあった。なぜなら道の駅にある自動販売機で販売しているからであった。自動販売機の禁止をルールとして定めていた私たちは困惑してしまう。ここまで頑張って走ったのにと。結局道の駅の自動販売機でも水を買うことはなく最後の2時間ほどは水無しで走る部員もいた。これに関しては道の駅での自動販売機の使用は許可するべきである。また道の駅で何を購入するのかも重要な点である。私たちは水を除くお菓子等のどこでも買えるものではなく、地域の牛肉を使ったコロッケや手作りのお稲荷さんやクッキーを購入した。

 

ルールの中で地元に根付いた店と書いたが、一体地元に根付いているとは何なのかと言うところが何度かチーム内でも話題に上がった。例えコンビニであってもその地域に建っていればそこに根付いているのである。これは少し屁理屈気味であるが最後まではっきりとはしなかった。

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途中で買った地元の菓子

 

3.レーションのこだわり

このルールはせっかくチェーン店を使わないのだから、出発前からルールを守ろうと言う考えであった。400kcalに制限することで、道の駅等で調達する余白を残した。食パンや手作りおにぎりバナナにリンゴ、納豆(なぜ)を持って来ているメンバーもおり多種多様で面白味があった。宿泊や気温が上がると難しくなってくる部分もあるが人工的に作られたものより美味しいのは確かである。

 

便利なものを取り入れていくと目的達成は容易い。

登山もお金をかけて軽量の装備を揃えて山小屋に泊まりG P Sで現在地を確認しネットで明日の天気を調べれば遠征の達成確率は高くなる。今回のように、便利なもの(デジタル機器など)を使わないと目的達成は難しくなっていく。どちらの方が価値があると言うわけではないが、今回はそのバランスが取れた遠サイクリングだった。過程に関与したいのなら地面と私たちを介在している自転車を取り除いて食料を最初から全て持っていき徒歩で天橋立まで行けば良いことになる。しかし、極論で話を終わらせてほしくはない。自転車と言うジャンルの中で今回できる範囲での便利なものを排除した。昔知人に登山で山頂近くまでヘリコプターで行って登頂しても登頂なのか。登山口まで車で行くのはルール違反なのではと。位置エネルギーが大きければそれで良いのか等いろいろ問い詰められたことがある。(なぜそんなにも問い詰められたのかはわからない)まあ、ついには根拠ないままにやんわりと否定しかできなかったのだが。結局は自己満足なのである。アウトドアにおける到達的達成感を得るのは容易い。しかし、現代だからこそ新たに生み出せる価値があるとするのならば、その過程における融通性である。アナログ的に活動することも効率を重視して活動することもできる。選択肢の幅が広がった故今回の京都市内から天橋立までの単純な足の回転運動の中に、様々な価値を盛り込むことができた。
今回のデジタル・物質社会に対するゲリラ作戦はその融通性における価値を上記で述べたルールを設定した結果にて確認できた。
自分たちが普段住んでいる社会からある種逸脱、また身体表現によってそれを批判することで見えてくるものがあった。

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天橋立にて